口臭除去

1.緒言

近年,各施設より口臭に関する報告が散見されている。当教室(東京医科大学)でも口臭に悩む患者が多く来院するが,そのほとんどは自臭症である※1,2。口臭症発症のきっかけは多くの場合,他人からの指摘であると報告※3,4され,内田※5は,相手からの口臭の指摘や振る舞いは当人にとって心の外傷となり,それが2度,3度発生したとなると恥の体験として体にしみ込み瞬時も口臭を忘れ去れないことになると述べ,その成立過程をレスポンデント学習として説明している。たまたまあった生理的口臭や食べ物の臭いなどの一時的口臭を指摘されたがために,他覚的に存在していない時にも常に口臭にとらわれるようになることは日常において決して珍しいことではない。

一方,チューイングガム(以下ガムと略す)の口臭除去効果に着目した研究が行われている。一過性ではあるがガムに口臭除去効果を認めたという報告※6や,さらに,各種消臭成分を添加したガムに著明な口臭除去効果が報告※7,8されている。日常における口臭防止はもちろんのこと,上記のような口臭症患者の増加防止や患者の安心感の点からも,ガムの口臭除去効果の向上が期待される。

今回,特に口臭除去効果の高いといわれている,フラボノイド・クロロフィル添加ガムのさらなる効果向上を期待し,検討したので報告する。

2.結果

実験の結果を表3-7に示した。また,各実験項目における口臭評価の経時的変化を図3に示した。どちらでもない(0)を中心として,とてもよい臭い(+3)~とても不快な臭い(-3)で,数値が高いほどよい臭い(ガムの香料,コーヒーの臭い)の評価となる。経時的傾向については,分散分析検定(危険率5%)で,各被験者に平均点と同様の傾向が認められたので,平均点をもって以後述べる。他の検定も分散分析(危険率1%)を用いた。

図3

1. 「餃子のみ」と「コーヒー」と「Fガム」の比較 表3より「餃子のみ」は直後から15分後まで,やや不快な臭い(-1)~とても不快な臭い(-3)に分布し,平均点では直後-2.50から15分後-2.05へと時間とともに口臭軽減傾向を示した。 次に表4より,「コーヒー」はほぼ,どちらでもない(0)~不快なにおい(-2)の分散だった。平均点では直後-1.15から15分後-0.90へと時間とともに口臭軽減傾向を示した。 そして表5より,「Fガム」はほぼ,ややよい臭い(+1)~不快な臭い(-2)の広い分布となった。平均点では直後-0.35から15分後-0.25へと時間とともに口臭軽減傾向を示した。 口臭の少ない順に並べると「Fガム」>「コーヒー」>「餃子のみ」であった。すなわち「Fガム」「コーヒー」ともに口臭除去効果は認められたが、「Fガム」のほうが高い効果であり,有意差が認められた。またいずれも時間とともに口臭の軽減を示した。

2. 「Fガム」と「特ガム」の比戟 「Fガム」は上記に述べたとおりで,表6より「特ガム」はほぼ,ややよい臭い(+1)~やや不快な臭い(-1)の分布であった。平均点では,直後+0.05から15分後-0.10へと,5分後の±0を境によい臭いから不快な臭いとなったが,「Fガム」より総じて不快な臭いは少なく口臭除去効果は高い傾向が示されたが,有意差はなかった。

3. 「特ガム」と「水+特ガム」の比較 表7より「水+特ガム」はよい臭い(+2)~やや不快な臭い(-1)の分布で。平均点では直後+0.60から15分後+0.25へとよい臭いの減少を示したものの,その範囲内であった。したがって,よい臭いから不快な臭いの評価に移行した「特ガム」と比較して,「水+特ガム」は高い口臭除去効果で有意差が認められた。

表3
表4
表5
表6
表7

Fガム:緑茶フラボノイド+クロロフィル含有のチューインガム 特ガム:緑茶フラボノイド+クロロフィル+紅茶フラボノイド+ケンポナシ含有のチューインガム

3.考察

口臭原因物質として,揮発性硫化物である硫化水素(H2S),メチルメルカプタン(CH3SH),ジメチルサルファイド((CH3)2S)が知られている。一方,植物抽出エキス,とりわけフラボノール類,有機酸,アミン類などが,消臭物質として一般に知られている。そのなかでも,緑茶フラボノイドやクロロフィル※9は口臭抑制効果が高いとされている。フラボノイドの作用機序※8としては,1)フラボノイド・タンニンのフェノール基とNH基との結合,2)フラボノイドとSH基,NH基との縮合,重合,付加反応,など化学的・物理的な作用が複合的に起こると推定される。クロロフィルの作用機序※10は,1)蚤白分解過程におけるSH基との結合,2)CH3SHやH2Sとの反応(物理的・化学的吸着)による脱臭効果であると推定される。

ガムチューイングによる口臭抑制効果の作用として,1)歯面清浄効果,2)唾液の分泌促進,3)精神的緊張の緩和などが挙げられている。なかでも,香料,糖分などを一切含有しないコントロール群と比較して,含有しているものは口臭抑制効果が長時間であったことより,味覚による唾液分泌量増加は重要な要素ではないかと報告されている※6。加えて,上記のフラボノイド・クロロフィル添加ガムのロ臭抑制効果は,すでに角田らが報告※7しているが,香料,フラボノイド,クロロフィルなどの無添加のコントロール群と比較して,明確な口臭抑制効果を認めている。さらに,口臭抑制にもっとも効果的な,フラボノイドとクロロフィルの添加量を検索する必要性を示唆している。

口臭を判定する方法としては,パネルによる官能検査法やガスクロマトグラフなどが知られているが,官能検査法はその判定が主観的であり普遍性に欠けるという短所を有している。一方,分析機器による分析は,特定物質の検出には優れているが,臭いの総合評価は不可能である。本実験は,ガムチューイングやコーヒー飲用による餃子臭の除去効果を調査したもので,さらに,今回提供をうけた特ガムは,消臭成分とともに香料にも改良が加えられているため,不快な臭い(餃子の臭い)の減少のみならず,よい臭い(ガムの香料,コーヒーの臭い)の増加にまで評価の幅を拡げる必要があると思われた。すなわち,コーヒー,Fガム,特ガムにおいて口臭除去効果は認められたが,コーヒーの芳香性やガムの香料の効果も無視できないと考えられた。以上のことから本実験の評価には官能検査法を用い,日常生活においてもより現実的な方法であると考えられた。

コーヒーと,Fガムの口臭除去効果を検討し,次に,従来のFガムに,最近消臭効果が注目されている紅茶フラボノイドとケンポナシを加え,緑茶フラボノイドのカテキン含量を10倍に増やし,香料に改良を加えたフラボノイド入りガム(特ガム)を用い,Fガムとの口臭除去効果を比較した。また,特ガムの効果的なチューイング法を検討すべく,水で含嗽後の特ガムチューイングを試みた。

1.コーヒーとFガムの比較

コーヒー,Fガムともに口臭除去効果が認められたものの,コーヒーと比較してFガムに高い口臭除去効果が認められた。コーヒーには,洗口効果,その芳香性によるマスキング効果などが認められるが,消臭作用がない点でFガムに劣ったものと考えられた。

2.Fガムと特ガムの比戟

Fガム(クロロフィル1%,緑茶フラボノイド1%含有)に比較し,特ガム(クロロフィル1%,緑茶フラボノイド+紅茶フラボノイド1%,ケンポナシ抽出物1%含有)に高い口臭除去効果が認められた。特ガムには,Fガムには含まれていない紅茶フラボノイドとケンポナシ抽出物という消臭成分が追加されているからと考えられる。ケンポナシ抽出物含有ガムには,呼気中のアルコール濃度,および官能評価におけるアルコール臭を有意に低下させたという報告※11がある。さらに香料に関しても改良されているが,前述した香料による唾液分泌促進作用やマスキング効果も考えられた。

3.特ガムのチューイングのみの場合と含嗽後チューイングした場合の比較

水で含嗽後チューイングしたほう(「水+特ガム」)が,食後そのままチューイングした場合(「特ガム」)より,口臭除去効果が有意に高かった。それは,水での含嗽という機械的清掃によって,餃子の残渣が口腔内から減少したために,特ガムの消臭作用や香料がより効果的にはたらいたためと推定される。

また,「餃子」「コーヒー」「Fガム」では,直後から15分後へと口臭は軽減傾向にあった。これは,餃子の不快な臭いが時間とともに消失することを示している。「特ガム」「水+特ガム」は,直後のよい臭いから経時的によい臭いが減少傾向を示した。特に「特ガム」は5分後のどちらでもないを境によい臭いから不快な臭いに移行した。すなわち,消臭効果の持続時間は.5分間であった。不快な臭い,よい臭いのいずれの場合も,口臭は時間とともに消失するということを示していると考えられた。しかし,水での含嗽を行うと,特ガムは15分後でもよい臭いを維持した。

自臭症患者は,口腔乾燥感や粘稠感などの唾液についての自覚症状が多いことが調査※4されている。それら口腔内不快症状と口臭とを結び付けていることが多いことから,口腔内不快症状を少なくしていくことが,治療の上で重要であると考える。その点,ガムチューイングは,唾液分泌量増加,咀嚼による精神的緊張の緩和,香料による爽快感などの点で有効であると思われる。さらに,そのガムの口臭除去効果が実験的に認められているならば,患者の精神面に与える影響は大きいといえる。フラボノイド・クロロフィル添加ガムにはさまざまな効果の可能性があると示唆された。

4.結論

フラボノイド・クロロフィル添加チューインガムにおける口臭除去効果について検討した。

1. 餃子摂取後の口臭除去効果は,コーヒーと緑茶フラボノイド・クロロフィル添加ガム(Fガム)のいずれにも認められたが,Fガムのほうが高かった。

2. Fガムに紅茶フラボノイド・ケンポナシ抽出物の消臭成分を追加添加したガム(特ガム)は,Fガムより口臭除去効果が高かった。

3. 特ガムは,チューイング前に含嗽したほうが口臭除去効果は高まった。

4. 以上より,チューインガム,特に特ガムは口臭除去に有効であり,さらに含嗽後のガムチューイングが,より効果的であった。この結果,特ガムにはエチケット食品としての,口臭防止の有効性が認められた。

5.参考文献

※1 内田安信:
口臭患者の動向とその治療.日歯医師会誌 32:698~705,1979.
※2 内田安信:
口臭症.水曜カンファレンス〔関東心身症診断基準研究会覚え書],小玉株式会社.東京,89~93頁,1984.
※3 荻野経子,他:
自臭症患者への対応について.日歯心身 5(1):42~47,1990.
※4 川口陽子,他:
「口臭についての質問票」の臨床統計的検討.日歯心身 7(2):134~140,1992.
※5 内田安信:
口臭として表れた“心”とその対応.日歯評論 590:93~100,1991.
※6 角田正健,他:
チューイングガムの口臭抑制効果 Gas Chromatographによる判定.日歯周誌 21(1):78~84,1979.
※7 角田正健,他:
チューイングガムの口臭抑制効果 Gas Chromatograpbによる判定(第2報).日歯周誌 25(4):850-856,1983.
※8 和久田恭一,他:
口臭患者の臨床的研究 第1報 防臭剤フラボノイドの検討.日口外誌 29:2533~2534,1983.
※9 角田正健,他:
銅クロロフィリンナトリウムの口臭抑制効果.日歯周誌 23:490~498,1981.
※10 石川久史,他: ムタステイン入り歯唐きガムについて.食品工業 29(24):51~64,1986. ※11 大熊浩,他: ケンポナシ(Hovenia dulcis Thunb.)抽出物含有ガムによる飲酒後のアルコール臭除去効果.日歯心身 9(2):213~217,1994.